運送業許可は買える?「譲渡譲受」のメリット・デメリットと注意点を専門家が解き明かす
今回も、運送業の許認可申請を専門とする行政書士の阪本浩毅先生にお話を伺います。
運送業許可は、他の許認可とは異なり、許可そのものを他の事業者へ移転させる「譲渡譲受(じょうとじょうじゅ)」という手続きが存在します。
一見、手軽に許可を取得できる方法のようにも思えますが、実は多くの注意点があるとのこと。今回は、この運送業許可の譲渡譲受について、新規許可取得との比較や、具体的な手続き、メリット・デメリットなどを詳しく解説していただきます。(※本記事は関東運輸局管内の取扱いを基にしています)
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運送業許可の「譲渡譲受」とは? 新規取得や合併・分割との違い
── 阪本先生、本日もよろしくお願いいたします。「運送業の許可を譲り受ける」という話を聞くことがありますが、これはどのような手続きなのでしょうか?
阪本: よろしくお願いします。運送業(一般貨物自動車運送事業)の許可は、日本の許認可の中でも珍しく、許可そのものを、ある事業者(譲渡人)から別の事業者(譲受人)へ移すことができる「譲渡譲受」という制度が認められています。
これは、会社全体を合併したり、事業部門を分割したりするのとは異なり、基本的には運送業許可という「ライセンス」と、それに関連する資産などを選んで移転させる手続きです。
── なるほど、ライセンスを移す手続きなのですね。どのようなケースで利用されることが多いのですか?
阪本: 以前は、個人事業主の方が会社を設立して事業を引き継ぐ、いわゆる「法人成り」の際によく利用されていました。
最近では、経営が厳しい会社の運送事業だけを健全な別会社に移し、元の会社は清算するといった事業再生・事業承継の場面で利用されるケースも増えています。
── ライセンスを移すだけなら、簡単にできそうなイメージがありますが…
阪本: そう思われる方も多いのですが、実は「譲渡譲受」は決して簡単な手続きではありません。
経営主体が変更になりますので、許可を新たに取得するのとほぼ同等の要件をクリアする必要がありますし、譲渡人・譲受人間の交渉や、引き継ぐ内容の精査など、多くのハードルがあります。
譲渡譲受 vs 新規許可:メリット・デメリットを比較
── 新たに運送業を始めたいと考えている場合、新規で許可を取るのと、譲渡譲受で許可を得るのとでは、どちらが良いのでしょうか? 具体的な違いを教えてください。
阪本: まず、満たすべき「要件」ですが、これは基本的に譲渡譲受も新規許可も同じです。運行管理者・整備管理者の選任、役員の法令試験合格、営業所・車庫・車両・資金といった各要件をクリアしなければなりません。
── 要件が同じだと、譲渡譲受のメリットは少ないように感じますが…
阪本: 要件クリアの「難易度」という点では、譲渡譲受の方が有利になる可能性はあります。
例えば、新規許可では、適切な営業所や、特に車庫の物件を見つけるのが大きなハードルになることがあります。特に都心部では条件の良い物件は希少です。一方、譲渡譲受で、譲渡人が使用していた営業所や車庫、車両などをそのまま引き継げる場合、この物件・車両探しの手間が省けます。
ただし、注意点として、引き継ごうとした物件が、実は現在の法令基準に適合していなかったり、違反状態にあったりするケースも稀にあります。その場合は、改修が必要になったり、最悪引き継げなかったりすることもあるので、一概に簡単とは言えません。
── 物件探しの手間が省ける可能性があるのですね。手続きの期間はどうでしょうか?
阪本: 運輸局での「審査期間」だけで見ると、譲渡譲受の認可申請は、新規許可申請(最短でも5ヶ月程度)よりも短く、実運用上はおおむね3ヶ月程度で認可が下りることが多いです。しかし、これはあくまで申請後の期間です。
譲渡譲受の場合、その前段階として、譲渡人との間で条件交渉や契約締結などを行う期間が必要です。この交渉が難航すれば、トータルでは新規許可申請よりも時間がかかってしまうケースも少なくありません。
── 他に、新規許可と譲渡譲受で異なる点はありますか?
阪本: いくつか重要な違いがあります。
まず、新規許可で必要な登録免許税(12万円)が、譲渡譲受では不要です。
また、許可番号や事業者番号は、譲渡人のものを引き継ぎます。リース車両も、リース会社の承継同意があれば、リース契約を引き継げる場合があります。
一方で、非常に重要な注意点として、譲渡人が過去に受けた「行政処分」の履歴も、原則として譲受人に引き継がれてしまいます。
さらに、手続き面では、運輸開始前の報告や運輸開始届は不要ですが、代わりに譲渡・譲受が完了した旨の「終了届出」が必要です。そして、申請にあたっては、譲渡人の過去の許可状況などを正確に把握する必要があります。
── 行政処分まで引き継いでしまうというのは、大きなリスクですね。
阪本: その通りです。知らずに処分歴のある許可を引き継いでしまうと、後の事業運営に大きな影響が出かねません。
合併・会社分割との違い:なぜ譲渡譲受が選ばれるのか
── 先ほど、合併や会社分割とは違うというお話がありましたが、もう少し詳しく教えていただけますか?
阪本: 会社を合併したり、会社分割で運送事業を承継したりする場合も、運輸局の認可が必要です。そして、その認可要件も、基本的には新規許可や譲渡譲受と同じレベルのものが求められます。
「要件が厳しいから合併で…」という抜け道にはなりません。
最大の違いは、合併・分割は会社法上の組織再編行為であるため、法務局への登記手続きなど、会社法に則った複雑な手続きが必要になる点です。さらに、譲渡譲受では、基本的に負債や契約関係は自動的には引き継ぎませんが、合併・分割では、これらも包括的に引き継ぐことになります(分割の種類にもよりますが)。
── なるほど、手続きがより複雑で、負債なども引き継ぐ可能性があるのですね。
阪本: ええ。そのため、税理士、司法書士、弁護士など、多くの専門家の協力が不可欠になることが多く、手続きも長期化しやすいです。単に運送業のライセンスを取得したいだけであれば、合併・分割はあまり現実的な選択肢とは言えません。あくまで、会社全体の組織再編が主目的である場合に選択される手法です。
譲渡譲受が適しているケースとは?
── 色々伺うと、譲渡譲受も簡単ではなさそうですが、それでも譲渡譲受を選ぶのが適しているのは、どのような場合でしょうか?
阪本: そうですね、いくつか典型的なケースがあります。
まず「個人事業の法人成り」です。個人で取得した許可や資産を、新設した法人にスムーズに移転させたい場合には、新規許可を取り直すより適しています。
次に「車両や不動産などを安価に譲り受けられる」場合です。開業資金を大幅に抑えられ、資金要件のクリアにも繋がる可能性があります。
また「事業そのものを引き継げる」場合も考えられます。後継者不足などで廃業を考えている事業者から、荷主との関係や設備、場合によってはドライバーや管理者などの従業員も含めて、事業を丸ごと引き継げるのであれば、ゼロから立ち上げるよりメリットが大きいこともあります。
ただし、この場合は特に、先ほど述べた行政処分歴や、不要な資産、問題のある契約関係など、「負の資産」を引き継がないよう、事前の十分な調査(デューデリジェンス)が不可欠です。
── ドライバー不足の折、従業員を引き継げるのは魅力的に聞こえますね。
阪本: そうですね。ただし、雇用契約の引継ぎには、個々の従業員の同意も必要になります。
最後に「事業承継」の一環として、例えば、個人事業主が高齢化で引退する際に、長年勤めた従業員に事業を引き継がせる場合や、先ほど触れたように、経営不振の会社の優良な運送事業だけをスポンサー企業が引き継ぐような場合にも、譲渡譲受が活用されます。
譲渡譲受を進める上での重要チェックポイント
── 譲渡譲受を進めるにあたって、特に注意すべき点を改めて教えてください。
阪本: 最も重要なのは、譲渡対象の「特定」と「精査」です。まず、何を譲り受けるのか(許可のみか、資産も含むのか)を明確にします。そして、譲渡人の行政処分歴の有無とその内容を徹底的に確認します。これが最も重要と言っても過言ではありません。
── 資産を引き継ぐ場合は、他に注意点はありますか?
阪本: 営業所や車庫が賃貸物件の場合、大家さんが賃借権の譲渡(つまり、借り主が代わること)を認めてくれるか、事前に確認が必要です。家賃の値上げなどを条件とされる可能性もあります。
車両に残債がある場合やリース車両の場合も同様に、ローン会社やリース会社との間で、引継ぎの交渉と承諾が必要です。場合によっては、残債の一括返済を求められることもあります。これらの交渉は、話がこじれると譲渡自体が頓挫しかねないので、交渉の初期段階で確認すべきです。
── 資金面での注意点はありますか?
阪本: 譲渡譲受であっても、譲り受ける事業規模に応じた「資金計画」と、それを裏付ける「自己資金」が必要です。資金は原則として、譲受人名義の法人口座にある預貯金で証明します。
もし自己資金が不足し、金融機関から融資を受ける場合は、その融資が譲渡譲受の「認可前」に実行されることが必要です。認可後の融資実行では、その資金を計画に組み込めません。
── その他に、手続き上で気をつけることは?
阪本: 申請書には、譲渡人の最新の「事業計画」を記載する必要があります。これを正確に把握するために、譲渡人が過去に運輸局へ提出した申請書類の控えなどが必要になります。
もし書類が残っていない場合は、運輸局に対して「事業者台帳」の情報開示請求を行うことになりますが、これには1ヶ月程度の時間がかかることもあるため、早めの対応が必要です。
譲渡譲受の基本的な手続きの流れ
── 譲渡譲受の認可申請は、具体的にどのような流れで進むのでしょうか?
阪本: 大まかな流れは新規許可申請と似ています。
譲り受ける側の会社が既に存在することを前提とすると、まず譲渡人との「交渉」から始まり、条件が固まれば、必要に応じて物件や人員の確保、資金準備を進めます。その後、申請書類を作成・収集し、運輸支局へ「申請書を提出」。申請が受理されると、役員の「法令試験」を受験し、合格する必要があります。
その後、運輸局での「審査」を経て、問題がなければ「認可」となります。
認可後は、運行管理者・整備管理者の「選任届」、緑ナンバー取得のための「事業用自動車等連絡書」の取得、車両の「登録」、運賃料金の「届出」、そして最後に「譲渡譲受終了届出書」の提出、という流れになります。
譲渡譲受か新規許可か? 専門家と相談して最適な選択を
── 譲渡譲受と新規許可、どちらを選ぶべきか、判断が難しいですね。
阪本: おっしゃる通り、どちらの手続きが最適かは、ケースバイケースです。
「知人の会社から許可を譲り受ける話を進めていたけれど、条件が折り合わず、結局新規で申請することになった」という例も実際にあります。譲渡譲受は、交渉相手がいる分、不確定要素も多くなりがちです。
── 最終的なアドバイスをお願いします。
阪本: 譲渡譲受を検討する際は、メリットだけでなく、引き継ぐリスク(特に処分歴や隠れた債務・契約問題)を十分に理解し、徹底的な事前調査を行うことが最も重要です。
表面的な条件だけで判断せず、本当に自社にとって有利な選択なのかを慎重に見極める必要があります。時には、一見遠回りに見えても、クリーンな状態で始められる新規許可の方が、結果的にリスクが少なく、スムーズに進むこともあります。
どちらの手続きを選択するにしても、多くの専門的な知識や手続きが伴いますので、判断に迷われた場合は、ぜひ我々のような専門家にご相談ください。運送業界に詳しい専門家であれば、状況に応じた最適な選択肢や、進める上での注意点などをアドバイスできるかと思います。
── よくわかりました。リスクもしっかり見極めることが大切なのですね。本日もありがとうございました。
阪本: こちらこそ、ありがとうございました。
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